東大寺(とうだいじ)
別称は、金光明四天王護国之寺、大華厳寺、城大寺、総国分寺。南都七大寺のひとつ。
天平15年(743年)、鎮護国家の思想のもと、聖武天皇が「盧舎那大仏(るしゃなだいぶつ)建立の詔」を発令したのが始まり。天平勝宝4年(752年)に大仏開眼供養。平城京の東北に位置することから、宮城の鬼門を守るための寺院という役割も持っていたらしい。
治承4年(1180年)、平重衡による南都焼き討ちで、大仏殿ほか伽藍の大半を焼失。重源上人らが再興するも、永禄10年(1567年)の三好・松永の乱で再度焼失。現在の伽藍の多くは江戸時代のもの。
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8月15日万燈供養会にて
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同じく万燈供養会にて。大仏殿
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東大寺の魅力は、数々の文化財を安置する堂塔にあります。まず代表的なのが、大仏様の代表的建築といわれる南大門。これは、南都焼き打ち後の東大寺再建の際、重源上人の強い願いで作られたそうです。運慶や快慶ら慶派仏師の手によって、わずか69日間で完成したという逸話が残っています。実は、運慶・快慶がそれぞれ1対ずつ作ったのではなく、阿形が運慶・快慶らによる作、吽形が定覚・湛慶らの作だということが、近年行われた解体修理でわかったそうです。どちらにしても、奇跡のような技術であることには変わりないですね。
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阿形
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吽形
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次いで有名なのが、法華堂(三月堂)でしょう。本尊・不空羂索観音菩薩立像はまた、実に素晴らしい。堂々とした体躯と備わる威厳が周りを圧倒します。日光・月光菩薩も有名ですが、私個人としては、圧倒的にご本尊のほうが好きです。
法華堂のすぐ隣には旧暦の二月に修二会が行われる二月堂があります。
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忘れてはならないのが、戒壇院です。天平勝宝7年(755年)鑑真によって設立、落慶法要が行われました。(日本三戒壇の一つ)。現在の建物は享保期の再建。国宝の塑造四天王立像は、一見の価値ありです。
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